2020年6月23日に、倉沢愛子著『インドネシア大虐殺 二つのクーデターと史上最大級の惨劇』(中公新書)が発売されました。
この記事は同書の書評(レビュー)をします。
『インドネシア大虐殺』の概要
インドネシアの大虐殺は1960年代、2つのクーデターがきっかけとなって発生しました。
- 九・三〇事件
- 三・一一政変
この一連の騒動により初代大統領・スカルノは失脚し、スハルトが第二代大統領に就任。
その権力闘争の裏側ではPKI(インドネシア共産党)党員が少なくとも50万人、一説によると200万人以上が命を落としたといわれています。
本書は、その「大虐殺」について、長年にわたりインドネシア社会史について研究している倉沢愛子氏によって書かれたものです。
1946年生まれ.
東京大学大学院修了. コーネル大学大学院ならびに東京大学にて博士号(ともにインドネシア史).
名古屋大学教授を経て慶應義塾大学教授, その後名誉教授. インドネシア社会史.
著書
『日本占領下のジャワ農村の変容』(草思社, 1992, サントリー学芸賞受賞)
『20年目のインドネシア』(草思社, 1994)
『ジャカルタ路地裏フィールドノート』(中央公論新社, 2001)
『「大東亜」戦争を知っていますか』(講談社現代新書, 2002)
『9・30 世界を震撼させた日』(岩波書店, 2014)など
本書の要点
本書で書かれていることは、目次を見ればだいたい分かります。
序章から終章まで6つの章に分かれていて、事件の背景からその後まで非常によくまとめられています。
メインテーマはタイトルの通り「インドネシア大虐殺」
「九・三〇事件」と「三・一一政変」の2つの事件と政変を軸に、大虐殺について紐解いていきます。
インドネシアにおける大虐殺を取り扱った新書は、この本しかないと思われます。
本書の書評
序章:事件前夜のインドネシア
序章では事件の背景について淡々と解説されています。
この「大虐殺」が起きた要因として最も大きいのが、初代大統領スカルノの共産圏への接近です。
時代は20世紀半ば、西側諸国が共産圏への警戒を強める中で、スカルノは新興国や社会主義国と緊密な関係を保っていました。
インドネシア共産党(PKI)は1963年の段階で250万人の党員をかかえ、ソ連共産党、中国共産党につぐ、世界で3番目に大きな共産党となったほどです。
PKIの親中路線は明確になり、インドネシア国内の右派や西側諸国との対立も激化するようになりました。
第1章:九・三〇事件 ー謎に包まれたクーデター
ここからが本題です。
九・三〇事件は9月30日から10月1日にかけて共産党系といわれるウントゥン大佐が決起し、7人のトップクラスの陸軍将軍の家を襲い、計8人の犠牲者をだしました。
インドネシア政府の公式見解では事件はPKIがしけか、実行したものだということになっています。
インドネシア大虐殺に起因する九・三〇事件について詳細にしるされた章です。
第2章:大虐殺 ー共産主義者の一掃
インドネシアの大虐殺について詳しく書かれた章です。
クーデターによる政権交代が起こると往々にして新政権は不安定になります。
しかし、スハルトの統治は徹底されていました。
これは良い意味でも悪い意味でもあります。
開発独裁政権としてインドネシア経済を成長させた実績もありますが、同時に負の側面として挙げられるのが共産党関係者に対する虐殺です。
スマトラなどではパンチャシラ青年団と呼ばれる反社会的勢力も殺戮に関わっていたとのこと。
虐殺に関しては映画『アクトオブキリング』からも学ぶ(?)ことができます。
第3章:三・一一政変 -「新体制」の確立
1966年の3月11日に無血クーデターが起き、その後スカルノからスハルトへと徐々に権限が移行していく過程が描かれています。
第4章:敗者たちのその後 -排除と離散の果てに
スハルト新政権の発足から崩壊までがまとめられています。
スハルトは強い大統領権限を持ち、経済最優先の開発独裁政権として長いこと大統領の座に君臨していました。
スハルトの上手いところは一国一党の大政翼賛的な体制を築こうとしたが、欧米世界むけに議会制民主主義の体制を確保したことです。
2つだけ公認の政党を作りました。
- 開発第一党
- インドネシア民主党
開発第一党はイスラム政党、インドネシア民主党はその他の世俗政党やキリスト教系の政党をあわせて作られたものです。
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そして、スハルトにとって潜在的脅威であった華僑を骨抜きにするために、
- 中国語
- 儒教
- 祭礼
- 文化
- 個々人の中国名
といった、彼らのアイデンティティにおける中国的な要素を消し去り、現地住民に同化させる政策が試みられました。
そして、PKI関係者やPKIとみなされた人たちの”その後”についてまとめられている章です。
終章:スハルト体制の崩壊と和解への道
終章ではスハルト体制が崩壊したのちの変遷が4ページわたって簡潔にまとめられています。
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まとめ
インドネシアの大虐殺について、非常によくまとめられた新書です。
参考になる論点が数多くあり、とても有意義に感じました。
インドネシアの歴史に興味のある方にオススメです。
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